乳腺腫瘍の人と犬と猫の違い

乳腺とは、哺乳類の乳汁を分泌する組織です。そして乳腺に発生する腫瘍を乳腺腫瘍と呼び、良性と悪性に分けられ、悪性と判明すると「乳がん」と呼びます。

人と犬と猫とで、共通している部分もあれば異なっている部分もあります。今回は、最新の知見とともに、これらの違いについてまとめてみました。

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人の乳がん

人の乳がんの統計では、2011年の女性乳がんの患者数罹患は、約72,500人(上皮内がんを除く)で、女性のがん罹患全体の約20%を占めるとされています。そして日本の2013年の乳がん死亡数は女性約13,000人で、女性ではがん死亡全体の約9%を占めているそうです[1]。

年齢階級別でみた女性の乳がんは、30歳代から増加をはじめ、40歳代後半から50歳代前半でピークを迎え、その後は次第に減少します。一方、にも男性にも乳がんが発生し、女性乳がん患者の1%程度[1]だとされています。

地域による差も認められ、東アジアに比べて欧米、特にアメリカ系白人で高く、アメリカの日系移民は日本在住者より高い傾向にあるそうです[1]。

乳がんの発生には女性ホルモンのエストロジェンが深く関わっていることが知られています。すなわち、体内のエストロジェン濃度が高いこと、また、経口避妊薬の使用や、閉経後の女性ホルモン補充療法など、体外からの女性ホルモン追加により、リスクが高くなる可能性があるとされています。

また、体内のエストロジェン濃度が維持されている期間が長いほど、ホルモン受容体陽性の乳がんの発症リスクが上昇すると考えられています。これは、犬や猫でも共通です。

つまり初潮が早いこと、閉経が遅いこと、出産経験が無いことは乳がん発症リスクが高いことを意味します。逆に、出産経験があること、中でも初産年齢が低いこと、授乳歴があること、中でも授乳期間が長いこと、は発症リスクが低くなります。

なお、脂肪細胞でもエストロジェンが作られるため肥満もリスク要因とされ、飲酒習慣や喫煙などの生活習慣、良性乳腺疾患の既往や糖尿病もリスクと考えられています[1]。逆に、閉経後の運動によって、乳がんのリスクは減少するそうです[1]。

さらに、家族歴の多い場合には遺伝性乳がんが疑われます。これは、がんの発症に特定の遺伝子の変異が関わっているタイプの乳がんのことで、乳がん全体のうち約5~10%を占めるとされています。遺伝子検査の結果、乳がんの発症と関連する遺伝子の変異が認められた場合、経過観察のための受診や薬による予防、乳腺や卵巣の予防的切除などが検討されます[1]。

乳房は母乳をつくる乳腺と、乳汁を運ぶ乳管、それらを支える脂肪などからなっています。乳腺には腺葉と呼ばれる15~20個の組織の集まりがあり、腺葉は乳管と多数の小葉から構成されています。そして、乳がんの多くは乳管から発生し、「乳管がん」と呼ばれます。小葉から発生する乳がんは、「小葉がん」と呼ばれます。乳管がん、この他に特殊な型の乳がんがありますが、発生はあまり多く無いそうです。

ただし乳房にできたしこりが全て乳がんではなく、例えば、乳腺症、線維腺腫、葉状腫瘍などでもしこりの症状があらわれます。

乳がんは、乳房の周りのリンパ節や、遠くの臓器(骨、肺、胸膜、肝臓、脳など)に転移しますが乳がんの種類や性質によって、広がりやすさ、転移しやすさは、大きく異なるそうです。

犬の乳腺腫瘍

犬の乳腺腫瘍は雌犬で一般的にみられ、発生年齢の中央値は10~11歳であり、良性と悪性の比率は概ね1:1であると言われています。ただし、小型犬の方が大型犬に比べて良性の比率が高いことが報告されています。

統計的には乳腺腫瘍が良性であった犬の平均年齢が7~9歳であったのに対し、悪性であった犬の平均年齢は9~11歳であり、高齢になればなるほど悪性の可能性が高くなります。また、5歳以下の犬では悪性の乳腺腫瘍の発生率は低いと考えられています[2]。

また、小型犬種では乳腺腫瘍が悪性であった確率は25%であったのに対し、中・大型犬では58.5%であったとされており、大型犬種で悪性の乳腺腫瘍の発生率が高いと考えられています[2]。

さらに、腫瘍の大きさと悪性腫瘍の発生率には相関があるとされ、1cm未満で1%、1~2cmで7%、2~3cmで18%、3~5cmで45%、5cm以上で57%で悪性腫瘍であるとされています[2]。このことは、良性腫瘍が時間経過とともに悪性腫瘍に転化しうる可能性を示唆するとされています[2]。

犬においても人と同様に乳腺組織は、エストロジェン受容体とプロジェステロン受容体を発現しており、これらの受容体を介したホルモンの継続的な暴露が、腫瘍の発生に関与していると考えられており、乳腺腫瘍の発生はホルモン依存性であるとされています。

このホルモン依存とは、卵巣ホルモンの分泌と腫瘍の発生が関連していることを意味し、卵巣摘出(避妊手術)によって乳腺腫瘍の発生を抑えられることができます。

統計的には、未避妊犬は避妊犬に比べて7倍乳腺腫瘍の発生率が高いと報告されています。また、避妊手術の時期によって乳腺腫瘍の発生率は異なり、初回発情前で0.05%、初回発情後で8%、2回目発情後で26%と報告されています。

また、若齢期の肥満は血清エストロジェン濃度を上昇させ、これが乳腺の腫瘍発生リスクを高めると考えられています。

人の乳がんでは、HER-2(human epidermal factor-2)というがん遺伝子が知られており、この遺伝子が活性化している乳がん組織では、悪性度が高くなるとされています。人医療では、このHER-2により産生されるタンパク質の働きを抑える薬(商品名:ハーセプチン)が、治療として使用されることがあるそうです。

そして犬の悪性乳腺腫瘍においても、17~29%でHER-2遺伝子の発現がみられるそうです。しかし人で使われる薬が、犬で効果があるかはまだ確率されていないようです。

前述の通り本来乳腺組織はエストロジェン受容体とプロジェステロン受容体を発現していますが、これらはサイズが大きく、悪性度が高く、転移を伴っている腫瘍程その発現量が減る傾向にあり、腫瘍の増大や増悪に伴いホルモン非依存性の挙動を示すようになるとされています。

乳腺腫瘍の症状として、乳腺内に単一または多発性の結節(しこり)がみられます。犬の乳腺腫瘍の約65~70%が第4・第5乳腺に発生すると報告されています。また、悪性(乳腺癌)の遠隔転移部位として、肺と内腸骨リンパ節、胸骨リンパ節、肝臓まれに骨に転移をします。

病理学的には、乳腺腫瘍の多くは乳腺上皮細胞、乳管上皮細胞および筋上皮細胞といった上皮細胞のいずれかあるいは複数が腫瘍化したものであり、良性では乳腺単純腺腫、複合腺腫、悪性では乳腺単純癌、複合癌などといった組織型になります。また、軟骨や骨などの間葉系成分を含む場合には混合腫瘍と呼ばれます。発生頻度は低いとされていますが、間質細胞が腫瘍化した際には骨肉腫や線維肉腫などが発生します。

まれに、乳腺癌の中でも特に悪性度の高い「炎症性乳癌」と呼ばれる、急速増大し複数の乳腺に浸潤し、硬く、熱感があり、むくみや皮膚の赤みそして痛みを特徴とするタイプのものが発生することがあります。この炎症性乳癌は、真皮のリンパ管に腫瘍塞栓を形成している悪性の乳腺腫瘍と考えられています[2]。

乳腺腫瘍が良性であるか悪性であるかは、乳腺腫瘍を切除して病理組織検査をしなければ分からないと言われています。そのため、基本的には乳腺腫瘍の外科的な切除(手術)が適応になりますが、炎症性乳癌は救命が難しいため適応にはなりません。

手術の方法には、腫瘍のみを切除するものから左右の全ての乳腺を切除するものまであります。腫瘍が完全に切除されれば、治療成績に影響しないのではないかとも考えられていますが、手術の方法については動物病院により違いがあると思われます。

乳腺腫瘍の大きさは、重要な予後の指標であると言われています。例えば腫瘍の直径が3cm以下と直径3cm以上の術後の生存期間を比べると、前者で22ヶ月で後者で14ヶ月と有意差があったことが示されています。

また、リンパ節転移のある犬の80%以上が6ヶ月以内に再発し、対照的にリンパ節転移のない乳腺癌の手術後再発率は30%以下であったとの報告があります。

猫の乳腺腫瘍

猫の乳腺腫瘍は、猫の腫瘍の中で3番目に多い腫瘍であるとされていて、そのうち80~90%は悪性であり、ほとんどが腺癌であるとされています[3]。

そのため、多くの猫の乳腺腫瘍は急速に成長し、領域リンパ節と肺へ転移します。好発年齢は10~12歳とされ、一般に7歳以前の発生は少ないです[3]。ただし、シャムは乳腺腫瘍を含めた様々な腫瘍の発生率が高く、他の猫種と比較して、乳腺腫瘍が若齢で発症する傾向があります[3]。

一方、犬とは異なり、肥満については乳腺腫瘍のリスクにはならないと考えられ、また犬と同様に炎症性乳癌の発生は存在しますが、3例ほど報告がある程度であり、犬に比べ稀な病態だと考えられます[3]。

猫の乳腺腫瘍は大部分が浸潤性が高く、悪性の挙動を示すが、良性の病変として未避妊雌に発生する乳腺腺腫が稀に存在しますが、これは腫瘍性病変ではなく、ホルモン関連性の過形成病変であり、ほとんどは卵巣子宮摘出術に対してよく反応します。

治療の方法は外科手術による摘出ですが、ほとんどが悪性度の高い腫瘍であることから広範囲の乳腺切除(片側あるいは両側乳腺全摘出)が推奨されています。しかし一部には、犬と同様に術式と予後とに相関が無いとする報告もあります。

また、手術時の避妊手術を併せて行うかについては、今の所メリットが報告されていないとされています。

猫の乳腺腫瘍では、腫瘍のサイズが強力な予後因子であるとされています。直径3cm以下の2年生存率は約50%であるが、3cm以上であれば0%になるとの報告もあります[3]。また、WHOステージも予後因子となり、ステージⅠの生存期間中央値は29ヶ月、ステージⅡで12.5ヶ月、ステージⅢで9ヶ月、ステージⅣで1ヶ月であるとされています[3]。

まとめ

人と犬と猫で共通していることは、全て女性ホルモンであるエストロジェンが関与している事です。そしてそれ故、若齢では発生が少なく、人では30歳以降で、犬では5歳以降、猫で7歳以降で発生する傾向があります。ただし、人でも国や地域そして人種に発症率に差があるように、遺伝的に乳がんを発生しやすい犬種や猫種、そして発がんを促す遺伝子があるのでは無いかと推察されます。

逆に予防を考えた時には、極力エストロジェンの分泌を抑えるか腫瘍の発生する乳腺ないし乳房を切除するという方法になります。

人での有名な話として、アンジェリーナジョリーさんの乳房切除があります。これはBRCA1という遺伝子に変異が見つかり、その結果、生涯で乳がんが発症するリスクが87%あるとの診断を受けたことに基づきます[4]。乳がんが発生する前に、乳房を切除する事で病気を予防した訳です。男性の乳がんにも、この遺伝子が関与しているのでは無いかと考えられています。

我々獣医師は、早期に犬や猫の卵巣を摘出する事で、乳腺腫瘍の発生を予防するように心がけています。これは人では行えない方法ですが、理屈上は最も有効な乳腺腫瘍の予防方法だと考えられます。

乳腺腫瘍の手術に関して言えば、我々がありがたいのは、乳腺切除を行っても審美的な要素は考慮しなくていい点です。いわゆる、乳房の再建の必要が無いです。逆に大変な点としては、乳房が8個ないし10個ほどあるので、乳腺を切除すると胸から足の付け根くらいまでの広大な切除範囲となる事です。

犬や猫の乳腺腫瘍の際に、乳腺の切除範囲や一緒に避妊手術を行った方がいいかどうかなど、まだ統一された見解がなされていはいません。また、外科的な摘出以外の新しい治療法なども、模索していく必要があると思います。

さらには医療分野では、がんを発生させる遺伝子(人でのBRCA1遺伝子変異など)を治療することができるようになれば、アンジェリーナ・ジョリーのように乳房を切除しなくても救うことができるでしょう。遺伝子に対する治療は、現在最も勢いのある研究分野ではあるので、今後の発展が期待されます。

常に、最新の情報を取り入れることができるようにしていきたいです。

参考文献

[1]乳がん 基礎知識:国立がん研究センターHPhttps://ganjoho.jp/public/cancer/breast/ (2018/1/11確認)

[2]犬の乳腺腫瘍 in SA Medicine Book 犬と猫の治療ガイド 2015 私はこうしている. 辻本元, 小山秀一, 大草潔, 兼島孝編. インターズー. 東京. 2015.

[3]猫の乳腺腫瘍 in SA Medicine Book 犬と猫の治療ガイド 2015 私はこうしている. 辻本元, 小山秀一, 大草潔, 兼島孝編. インターズー. 東京. 2015.

[4]「がん治療」新時代WEB http://gan-mag.com/wmn/2239.html(http://gan-mag.com/wmn/2239.html)

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